初心の趣

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廃駅の旅32 「蛸島駅」

能登線の駅もこれで最後…

廃駅の旅、32回めだ。

今回は珠洲市にある旧蛸島駅に行ってきた。

 

 

これまた芸術祭以来

主にのと鉄道の旧線の駅を巡る個人的な旅「廃駅の旅」もこれで最後だ。

振り返ってみると始めたのが2019年11月だったので3年前になる。

最初はのと鉄道の旧輪島線から始め、4回目から旧能登線の駅を巡っている。

この能登線穴水町から珠洲市まで伸びていて合わせて29駅もあるので、すべて巡るのにこれだけ時間がかかってしまった。

ひとえに自分のマイペースぶりのせいだろう。

平均して一回で3~4駅くらいしか回れていなかった上に、毎週末行っていたわけでもない。

おまけに冬になると積雪もあって穴水町能登町珠洲市へ入ることすらできそうになかったので避けていた。

能登国際芸術祭があったので奥能登方面には年に何回も足を運んでいたんですけどね。

今回訪れた能登線最後の駅(終着駅)である「蛸島駅」も芸術祭の展示場所になっていたので実は3回以上はやってきている。

それらを「廃駅の旅」としてカウントしていなかったのだから、これだけ時間がかかっても当然だ。

芸術祭が行われていない蛸島駅がどういう様子なのか、自分としてはそれも知りたい。

ということで改めてきっちりと「廃駅の旅」として旧蛸島駅へ2022年の11月に足を運んだのだった。

地図

まずは地図。ちゃんとグーグルマップにも載っている。

2017年の第一回目の奥能登国際芸術祭にて蛸島駅の駅舎を利用してインスタレーションの作品が展開されていたし、線路には別の作家の作品も展示されていたので知名度はあるところなのだ。

能登国際芸術祭2017で訪れたときの記事はこちら

2017年か… 廃駅の旅という企画を始める前から自分としては足を運んでいたことになる。

さらにその4年後の奥能登国際芸術祭2020+(2021年開催)でも訪れているのだから旧飯田駅や旧珠洲駅同様におなじみの駅だ。

到着

久しぶりだ。芸術祭以来なので約一年ぶりだ。

ただいま、といった感覚がある。

駐車場には自分以外に2台も停まっていた。

道路を挟んで正面にある食事処のお客さんがここの駐車場を利用しているのかもしれない。

この駅舎の佇まい

廃駅感がしっかり出ている。

第一回目の芸術祭のときはこの駅舎でも作品が展示されていたので、駅舎の外壁にも装飾がなされていたが、それらもすっかりと取り外されている。

この自販機はまだ残っているんだね

芸術祭のときにもピックアップしたこのどう見ても壊れていそうな自販機、まだ残っていた。

もともとタバコの自販機だと思われるけど、ショーケースを覗いてみるとこの蛸島駅関連のグッズが並んで見える。

ちょっと見てみよう。

駅長証明書や

蛸島駅の木札や

キーホルダー

なんかが並んでいる

これらは5年前にやってきたときとほとんど変わっていなんじゃないだろうか。

いまも販売中なんだそうだ

本当か?とやはり今回も思ってしまう自分。

実際にお金を入れて確かめてみればいいのだろうけど、ちょうど細かいお金を持っていなかったし、入れて戻ってこないという不安もあったので、勇気は…出せなかった。

この幟旗も気になる

「奥のと鉄道 体験受付中」とある。

後で調べたけど、NPO法人「のとレール・エア21」による「奥のと鉄道ファミリーパーク」というものがあり、この旧蛸島駅を拠点として、気道車両の運転走行体験ができるそうなのだ。

自販機で売られていたグッズもどうやらこのNPO法人が製作したものらしい。

リアル電車でGOができるようなのだけど、2022年11月現在も営まれているのかは確認できていない。

では入口を見てみよう

飯田駅や正院駅のこともあったので、まあそうだろうなとは思っていたが、やはり鍵がかかっていた。

芸術祭で展示場所になっていた駅の駅舎は芸術祭が終わると入れなくなる、そんな法則があるかのようだ。

裏に回ろうとしても

通路にはチェーンが張られていた。

ここは通るなよとの意思が示されている。

ただ、この蛸島駅の線路の端には芸術祭のときの作品が常設展示されている。

それを見に行くために線路の方へと入っていける方法がいくつかある。

駅舎の右側を歩いていくと…

あ、見えた

電飾看板のようなものが民家の奥に見えている。

ビアス・レーベルガー氏の「Something else is possible」の一部だ。

さらに歩くと…

こんなところに出る

線路に入っていける抜け道のようなところがあるのだ。

芸術祭の時、こっから出入りしていた人を何人も見た。

かくいう自分も、電飾がライトアップされる夜に見に行ったときはこのショートカットを利用させてもらった。

本来なら線路の上を歩いてこないといけないんだろうけど、それなりに距離あるし、夜道だと蹴躓きそうで危なかったのだ。

「Something else is possible」だ

その一部だ。

線路に出て右を向くと電飾看板が見れる。

芸術祭が終わってもこうして残されている作品は珍しいが、いまでは定着してグーグルマップにも載っているんだから大したものだ。

このように

作品のメインは電飾看板ではなく反対方向に見えるカラフルなトンネルみたいなものだから、地図的にこんな位置に載っている。

自分も振り返ってみる

振り返るとプラットホームがあって、線路も伸びていて、その先に色のグラデーションが施されたような枠のトンネルが見える。

あれが「Something else is possible」のメインだ。

もちろん今でも線路を歩いていって見に行くことができる。

線路を歩かなくても車でも近くへと行ける。

懐かしい。これも一年ぶりだ。

 

ここでも駅ノート

ホームも見ておこう

芸術祭の作品に目が行きがちだが、廃駅の旅なのでホームにも注目しよう。

2017年の芸術祭で駅舎が展示場所になっていたときは待合所にも装飾されていた。

能登国際芸術祭2020+のときにはなくなっていたので、今回もそれは見られないとわかってはいるが、確かめにはいられない。

プラットホームと待合所だ

相変わらず甲子園のようにツルと葉っぱですごいことになっている。

壁面にあった芸術祭のときの装飾ももちろんない。

静かで長閑な景色である。

廃駅感満載だ。

けど、はて、そのベンチに半透明の箱のようなものが置かれていることに気づく。

前回の正院駅でも同じようなものを見かけたので「もしや」という思いが去来する。

なお、この写真は線路の上から撮っている。

芸術祭のときに「プラットフォームには入らないでください」との看板が設置されていて今でも残っていたのでそれに従っているからだ。

でもそこに正院駅と同じプラスチックケースが置かれているなら上がらなければ見ることも触れることもできないだろう。

この看板がまだ残っているけど…

上がった

そうして思ったとおり、正院駅と同じプラスチックケースが置かれていた。

その中にはやはりノートらしきもの、そして色鉛筆らしきものが見える。

上がらないとノートに書けないのだから上がって良かったのだろう… いや、良かったに違いない。

やはりそうだ

蛸島駅の駅ノートが置かれていた。

正院駅と同様に昨年の芸術祭のときには見かけなかったものだ。

「2022年5月10日~」とある。

半年くらい前のものじゃないか。

こういうのは廃駅を訪れる者にとっては駅や町とコミュニケーションを取れるようで、そうして思い出を残せるようでありがたい。

もちろん自分も記す

「廃駅の旅 旧能登線編 ラストの駅

 芸術祭以来です。

 ありがとう能登線 ありがとう蛸島駅」

これで三年間くらい続けてきた廃駅の旅も一区切り付いた。

最後にこうして駅ノートに自分の軌跡を記せ、感謝を残せたことが嬉しい。

能登国際芸術祭で訪れたときにカウントせず、改めて廃駅の旅として一年後にやって来て良かった。

廃駅を巡ってみればと言ってくれた能登町出身の元同僚にも、ちゃんと巡ったことをいつか報告したい。

 

最後に

以上、廃駅の旅「蛸島駅」だ。

これにて三年間かけたのと鉄道の廃駅を巡る旅も終了だ。

やっと終わったという思いもあれば、もう終わってしまったのかという寂しさもある。

この旅をしていて気づいたことは、結構廃駅を巡っている人って自分以外にもいるんだなということだ。

現地で出会う人もいれば、当サイトの記事を読んでコメントを残してくれる方もいたので正直驚いている。

廃駅への行き方も記したりしているので、分かりづらい現地への道案内に一役買ったこともあったようだ。そういうコメントは本当に嬉しかった。

こんなマイペース人間が書いたマイナーでマニアックなローカル記事が役に立つこともあるんだなと、新しい発見である。そして感慨深いものであった。

やってよかった。

最後に鵜飼駅に立ち寄る

同じ珠洲市にある旧能登線の廃駅「鵜飼駅」だ。

廃駅の旅27でも記したように、この旧駅舎内では現在カフェが営まれている。

鵜飼駅の記事はこちら

廃駅の旅を〆るご飯はここで食べたいなと考えていたので向かったのだった。

オムライスいただきました

この雑味を感じない味、ほんと美味い。

廃駅をシンプルに巡る旅も終了したわけだけど、自分としても結構楽しかったので、いつかまた同じような旅ができないかとも考える。

のと鉄道以外の廃線の廃駅を巡るという案もある。

それ以外では同じのと鉄道でもこれまでとは異なり廃駅にフォーカスせず廃駅周りのグルメを取り上げた旅にするのも有りだ。

そんなことをこのオムライスを食べながら思うのだった。

まあ、山の中にあって食事処とは無縁な駅もいくつかあるのでなかなか難しい企画になるだろうけど、そういった面倒臭さもまた人生においては楽しいので、いつかまた何かの形で続編をやりたいと思う。

 

この旅の記事を最後まで読んでくださかった方々、ありがとうございます。

そして2022年もありがとうございました。

皆さん、良いお年を。