奥能登国際芸術祭2023の鑑賞旅第三日目も蛸島エリアを終えて、次には外浦側から回った第一日目で行き残していた三崎エリアの最後の作品へ向かった。
2020+の時からある山本基さんの「記憶への回廊」だ。
写真映えするここをサラッと紹介したい。
やっと戻ってきた三崎エリア
奥能登国際芸術祭2023が開催された9月23日(土)に自分の鑑賞旅も始まり、その第一日目は外浦側から作品No.順に回っていき、三崎エリアの途中で終えた。
その翌日の第二日目は逆に内浦側から作品No.を後ろ順で回り、一ヶ月後の10月7日(土)にやって来たこの第三日目に引き継いで、今回これでようやく第一日目に繋がった。
三崎エリアで残していた作品は一つ。
旧小泊保育所で2020+のときより展示されている山本基さんの「記憶への回廊」だ。
久しぶりに小泊(こどまり)保育所に到着
ここは別の作品だが2017のときも展示場所になっていたので、3回は確実に来ている。
幟旗や作品看板もあるのでここが展示場所だというのはまあわかるが、このとき外に人がいなかったからか、すごく静かに感じて、本当にやっているのか疑わしくなってしまった。
でも、ちゃんとやっている。
ここもかなり映えスポットになっている。
以前にもやって来ているので今回は掘り下げて紹介しないが、自分なりに撮りたいように撮ったものをサラっと記したい。
18番 山本基「記憶への回廊」
18番だ
作品看板に「作品には触れないでください(塩の部分)」と書かれてあるように、「塩」で知られる作品だ。
さらに言うと「青」でも知られる作品だ。
非日常の世界観がそこにあるので写真で撮っても個性的な世界に入り込める画が撮れる。
入って受付も済ますとこんな案内
塩の部分は本当に壊れやすいので、しっかりと注意書きだ。
特にお子さんのせいで壊れてしまったりしたら、お互い切なくなってしまうからね。
そしてすでに見えているように壁も廊下も青い。
それでも青くない部分もある。
今回はその境界線を追うように撮っていた。
このように
塩エリアへと続く廊下を渡る前の部屋から青色の侵食が始まっている。
その境目を撮りたくなったのだ。
これまた境界線を追う
廊下に出てみると、廊下の途中まで境界線が走っているが、途中から塩のエリアのある奥の部屋まで廊下は全て青の世界に取り込まれている。
作品タイトルから読み取ると、この青色の世界は記憶や思い出の世界なんだろうけど、奥様を亡くされている作者の山本さんのことを考えると、この迷路の描かれた青の世界が死後の世界のようにも思えてくる。
境界線は教室の方に続く
廊下を超えて教室の方まで跨ぐ境界線は壁で止まっているが、この壁がなかったらその先もコチラ側との隔たりを作り、またコチラ側を侵食し続けていたに違いない。
境界線に立つ
線を跨いで振り返ってみると、ものの見事に右と左で世界が違う。
こちら側とあちら側、肉体のある世界と思い出の世界、はたまた生の世界と死後の世界、そんな形容をしながら、その中央に立つ自分は果たしている生きているのか死んでいるのか、その存在のあやふやさに背筋が震えた。
青い世界に入ってみよう
境界線を追っていると暗く見えた青い世界も、入ってみると意外と光が差している。
どうやら地獄ではなさそうである。
そのまま塩のエリアへ
青の世界を歩いてたどり着いたこの「塩の階段」が何を意味するものなのかは見た人それぞれで違うだろう。
天国への階段のようでもあれば、これ以上来てはいけないという壁のようにも見えてくる。
なら、その一部崩れたところは何を意味するのか?
そんなことも考えてしまう。
ちなみにこの部屋、鏡もある
壁のような階段の向こうにはもともと部屋に備え付けられていたであろう鏡もある。
そこに映っていると、生ある人間なんだあろうなぁと、そんなことを考えてしまっていた。
大丈夫、自分も生きているようだ…
安心してください、死後の世界やなんやかんや言いましたが、普通に生きております。
じゃあ、帰るか
塩の階段の手前(桟橋の上)から振り返ってこれまで境界線を追って歩いてきた廊下がすごく美しいものに見えた。
ここってやっぱり天国への階段だったんじゃなかろうかと、そんなふうに〆たくなってきた。
感想
2年ぶりにやってきた山本基さんの「記憶への回廊」を、一度見たことのある作品だからと見方を変え、境界線を追うようにシンプルに鑑賞しようとしたら、生死の世界の狭間で考えさせられる結果となってしまった。
その結果として得られたものは天国への階段を前に先祖や愛する人のお墓参りにいったあとのような汚れのない晴れやかな気持ちであった。
帰り際、最後にもう一回だけ境界線の確認
そもそもなんで境界線に着目したかといえば、現在、世界で起きている戦争のせいだ。
武力行使によって境界線を書き換えていくことと、現実世界に記憶の世界が侵食していくこの作品とに、何か重なるものを感じたからだ。
何かしらの共通点を見つけようとしたのだが、見えてきたものは、争いを止めている世界と、争い続けている世界、それらの境界線だった。
どっちが青色の世界なのかは、ここでは語れない。
語れないが、あの塩の階段がどちらかの世界の行き着く結果を象徴していると、そのように思えた。
2回目なのに一回目とはまた違うものが見えてきたんだから、この作品はすごいものだと思う。
ちなみにここ、奥能登国際芸術祭2023で最も足を運ばれた作品の第3位(だったかな)らしい。
納得だ。