鶴来(元「鶴来町」現在は白山市に組み込まれている)には毎年10月の初め頃に造り物で有名な「ほうらい祭り」が行われる。
今年は10月7日と8日に行われていた。
一度その造り物を撮ってみたいと思っていたので10月8日の昼過ぎに足を運んだ。
造り物と、獅子方も格好良かったので併せて紹介したい。
鶴来のほうらい祭り
ほうらい祭りが行われるこの地区はもとは石川郡鶴来町だった。2005年に野々市市を除く石川郡のほかの自治体と松任市と合併して白山市になっている。鶴来町そのものは廃止されているが、地区として「鶴来」(つるぎ)の名はまだ残っている。
鶴来って、その読み方どおり、むかしは刀剣の生産が盛んだったらしい。
その鶴来の「ほうらい祭り」は同地区にある金劔宮(きんけんぐう)の秋季例大祭の後の行列神事だ。もう800年くらいの歴史があるとのこと。
金劔宮からの神輿を先頭に獅子方、造り物が二日間に渡って町中を練り歩く。
こちらが金劔宮(7日の夜に撮影)
ただ、「ほうらい祭り」という名前になったのは1970年からだそうだ。
「ほうらい祭り」の「ほうらい」には御輿などを担ぐときの「ヨ~ホーライ」という掛け声のほかに、色んな意味が込められているので、平仮名で「ほうらい」で正解らしい。
10月2日に秋季例大祭が行われ、以前はその後の3、4日にほうらい祭りが催されていたものの、平日では祭りに参加出来る人がどんどん減っていったため、いまでは例大祭のある2日の後の土日で行われている。
鶴来に住んでいる知人の方が言うには「ほうらい祭りは10月3日より前にやってはダメなのでそれ以降の土日に行われる」と覚えればいいそうだ。(例大祭のある10月2日が仮に土曜日なら「ほうらい祭り」は一週間後の土日に催されることになる)
造り物を見に行く
造り物はこう書いて「つくりもん」と呼ぶ。
ほうらい祭りと言ったら、大体の人はこれを思い浮かべる。自分もその一人だ。
今回、ほうらい祭りに足を運んだのもその造り物を撮ってみたいと思ったことが理由だ。
造り物は、簡単に言うと「高さ5メートルある人形を乗せた山車のようなもの」だ。車輪がついているので引くこともできれば担ぐことも出来る。
鶴来地区の各町会がそれぞれ2ヶ月くらいかけて毎年違うものを作る。全部町の人たちで決めて、町の人たちで作るのだそうだ。
いた
これが造り物だ。
朝日町では今年「恵比寿天」だったようだ。
背中には野菜が飾り付けられていた
造り物にはこうして野菜などがくくりつけられていたり、描かれていたりする。五穀豊穣を神様に感謝しているのだ。
遠くでは鬼もいた
朝日町の恵比寿天だけを見るといかにも例大祭に伴うメデタイお祭りといった印象だが、造り物はそういう「いかにも」というものを華麗に裏切ってくれる。
清沢町青年団の赤鬼だ
なまはげ並の迫力。
先導車も…
ロックだ。
造り物の前にはこのように軽トラをデコレーションした先導車がゆっくり走っている。造り物そのものも衝撃的だが、こちらもやりたい放題さが出ていて見ものだ。
なお、神輿や造り物を担ぐ時に「ほうらい祭り」独特の祭り唄が歌われる。
神に感謝したまともなもの(正調歌というらしい)もあれば、替え歌にしたもの(変調歌というらしい)もあり、その替え歌の中には放送禁止用語を使ったものもあったりするからやりたい放題だ。
鶴来本町の交差点で派手にパフォーマンス
各町の造り物は、金劔宮の南に位置する鶴来本町の交差点で順番にちょっとしたパフォーマンスを見せてくれていた。
8日(二日目)のだいたい昼の3時過ぎくらいから始まっていた。
屋台の間を抜けてくる女座頭市
屋台より上を頭一つ二つ抜けているから巨人が行進しているようだった。
そのまま鶴来本町の交差点に
この造り物は本町二三四青年団によるものだ。この町以外の造り物もここでちょっとしたパフォーマンスを見せてくれるのでカメラマンにとっては絶好の撮影ポイントになっていた。
造り物は町中を練り歩き、清酒や金一封をくれた家の前で口上を云う。この交差点の角の家でも金一封を貰っていたので、口上にプラスしてパフォーマンスを見せてくれていた。金一封をくれた他の家の前でもみせるのだが、広くて人が集まる場所だからかここでは殊更派手にやっていた。
この本町の女座頭市では、重い造り物を担ぎながら激しく右に左に旋回させていた。すこし大げさな表現かも知れないが、まるで女座頭市が刀でバッサバッサと悪人たちを切り捨てていくかのようにだ。群がっていたのはカメラマンや観客たちなので、切られていたのは自分たちかもしれない。
むちゃくちゃエネルギッシュ
神輿や山車ってむちゃくちゃ重い。これを担ぎ、激しく旋回させるのだから迫力もすごかった。
造り物を担いでいる人たちは「アカバ衆」と呼ばれるそうなのだが、中には女性もいた。
女性でも持ち上げる
担ぐだけでも大変なのに持ち上げてもいた。勢い余って客の群れの方によってきたり一瞬傾いたりもするから見ていてスリルもある。
そんな女座頭市の造り物を見て、自分のすぐ近くにいた、肩車されていた3歳児くらいの男の子が口にしていた感想が「(女座頭市の)パンツが見えちゃう」だったから、笑ってしまった。
石川五右衛門もいた
新町の造り物だ。
こちらは動きがそれほど激しくなかった分、小ネタと下ネタで押していた。
先にも記したように、替え歌で放送禁止用語を使用していたり、この祭りではちょこちょこと下ネタも多い。そのせいで、このほうらい祭りをテレビで放送する際、音声を消してしまうこともあるそうだ。
五右衛門の先導車の屋根にも卑猥なマークが(一応モザイクもどきの処理をした)
屋根の天板が傾くようになっていたり、かなり狙ってやっている。映せる(写せる
ものなら映して(写して)みろと言わんばかりだ。
むかし中学生の時に「○×問題」の解答用紙にこのマークを書いて担任(柔道部顧問)にキレられ廊下で投げられていた同級生がいたなぁ… 懐かしい…
その半開きの屋根から空気砲で煙の輪っかも飛ばしていた
でんじろう先生ネタだ… これまた懐かしい。
先導車の前にいたカメラマンはかなり煙たがっていたけど。
さらにお酒(本物かどうかは不明)の一気飲みから…
ダチョウ倶楽部のようなネタも
そして義賊らしく金貨(チョコレート)を撒く一幕も
一斉に拾いに行く子どもたち
素直でよろしい!
とまあ、いろいろとネタが多かった。
他には「昭和の大横綱」もいた
こちらは日詰町・下東町青年団によるもの。
途中でバテてしまうシーンも有ったけど、こちらもパワフルに持ち上げ、動かしていた。
こうしてみると電線が頭部に近い。電線ではないが、実際に信号機がぶつかりそうにもなっていた。こういう電線や信号機、カメラマンからすると邪魔なのかもしれないが、スリリングに見えるのであった方が面白い。これもまた日本の風情だろう。
祝儀をもらった報告も
このとき造り物独特の口上を云うのだ。
近くに寄ってきたときに撮れた一枚
電気通ってます。裏にはスピーカーもついていた。
最後は趙子龍も登場
こちらは南風会(今町、上東町、本町一丁目)によるもの。
槍が光っていた
ついでに趙子龍の目も光っていた。
若者、中年で前後を入れ替えて担ぎ、傾かせる小ネタもはさみながら、こちらも勢いよく右に左に上下にも動かしていた。
そして一瞬倒れそうにもなっていた。
このように各町ごとにいろいろと工夫して魅せてくれるのだ。
獅子方もカッコイイ
造り物の後に獅子方(ししかた)の一行もあった。
加賀獅子と呼ばれる胴幕が大きい獅子を連れて、祝儀を下さった家の前で「棒振り」という演舞を披露していた。
棒や薙刀を持って獅子と戦っていた
いわゆる「獅子殺し」というものだ。
加賀獅子にも獅子殺しがあるのだ。
これがまたカッコよかった。
棒を振るアカバ衆は小中学生らしい。動きがキレキレで中学生には見えなかったけど、たしかに子供に演舞を教えていた光景も見られた。伝統文化を継承させている姿って、COOLだ。
この獅子方も、見物客やカメラマンが集まる鶴来本町交差点にやってくる。しかもそこでは演舞も少しパワーアップして「五人棒」という獅子vs五人の演舞も披露していた。
まずは子どもによる棒振り
この子は見るからに小学生くらいだった。
兜割り!
25ポイントのダメージをあたえた。
そして「五人棒」が始まる
棒振りゴレンジャー(勝手に命名)だ。
散って構える五人
五人はそれぞれ違う武器を持って戦っていた。
棒、刀、薙刀、鎖鎌、そして二刀流の何か(合体させて一本にすることも出来る棒のようなもの)だった。
衣装の色が違って武器も全員違うので「ミュータントタートルズ」のようでもある。
また五人以外にこの演舞に出演している怪しい奴もいた。
こちらがその怪しいやつの全体図
二体いる
鍋を引っさげ潰れた一斗缶のようなものを引きずる二体だ。
これらは「獏面」(ばくめん)というそうだ。
ほうらい祭りの獅子方一行は、加賀獅子とアカバ衆と、太鼓を叩き笛を吹く囃子方とこの獏面とで構成されている。
五人棒の演舞中では構える五人をさらに煽っていた。
何の陣形だろうか?
わからないけどこういう場面が何度もある。仲間割れじゃないと思われる。たぶん、構えの一種だと思われる。気合を入れているのかも。
こういう動きでも飛んだり跳ねたりしてから行うので「舞というより殺陣」と言われるのもわかる。
最終的には一斉攻撃!
1008ポイントのダメージをあたえた。
棒振りゴレンジャーたちは獅子をたおした。
…
きっとレベルが上ったことだろう。
感想
以上、ほうらい祭り2017の造り物と獅子方の紹介だ。
造り物のやりたい放題も面白ければ、伝統芸を伝承し殺陣のように昇華させている獅子方も見逃せないということが伝われば幸いだ。
ただ、このほうらい祭りは二日間、しかも昼前から夜までやっている長い祭りなので、今回紹介したものはまだ一部にすぎない。
夜に行けば光る造り物も見れるだろう。
ほかにも「白丁」(しろば)という白装束を身にまとった人たちによって担がれる神輿が金劔宮の急な階段を初日に勢い良く降りたり、二日目の夜に登ったりする一幕もあるというから来年以降も足を運びたくなった。
夜の表参道
夜は夜で人も多い。そして明かりが綺麗だった。
これは7日の夜に撮った。ただ立ち寄っただけで造り物も神輿も目にしていないのだが、石段の上からこの景色を眺めているだけでも祭りの雰囲気を味わえた気がした。