初心の趣

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ラッパ隊を見たくて「美川おかえり祭り」へ初めて足を運んだ

白山市美川で300年も前から続く「美川おかえり祭り」というものがある。

毎年5月第3土曜日から行われる藤塚神社の春季大祭だ。

いままでずっと興味がありながら見に行けていなかったので、今年初めて足を運んでみた。

 

 

 

日程を確認して美川へ

美川おかえり祭りを観に行くに当たり、まず日程を確認した。

まつりは5月第3土曜日と日曜日に行われる。

土曜日の早朝より始まり、藤塚神社からお旅所にむけて神輿や台車、ラッパ隊が渡御を開始し、夕方に到達すると一泊。

日曜日は少し時間をあけて夕方19時にお旅所を出発して、地域内「おかえり筋」を練り渡って再び藤塚神社へ一晩掛けて帰っていくことになる。

この行程を確認すると月曜日の朝方まで続く日曜日に見いくことは、仕事もあるのでまず無理だ。

必然的に土曜日に見に行くことになり、何時から始まるのかより細かく調べてみたところ、土曜日は早朝6時半に藤塚神社を出発するらしいということがわかった。

さらにいうと夜明けとともに藤塚神社へまず向かうところからスタートするそうで、きっちり始まりから見ようとすると、夜明け前、だいたい6時前には現地にいなくてはならないことになる。

早起きしなければならないのだ。

起きれるだろうか?

普段の自分の生活リズムだとまず難しいと思いながらも目覚ましアラームをセットしてみたのだが、やはりというか…

自分が目覚めたの、7時すぎでした…

こうなるともうすべてを見ることは不可能だ。

ということで頭を切り替えて、とりあえずラッパ隊と練り歩く神輿と台車を見に行こうと現地に向かうのだった。

白山市美川、到着

準備とかもあって、自分が到着したのは土曜の朝10時くらいだろうか。

車で向かったのだけど、そうなると駐車場問題が発生して、そのあたりも調べてみた所、なんでも美川中学校や美川図書館、美川体育館や美川臨海公園などが当日駐車場を無料開放してくれるそうなのだ。

自分もその情報を信じて美川図書館に停めさせてもらった。

写真右手に車が停まっている駐車場が美川図書館だ。

左手に見える校舎が美川中学校。中学校の近辺では路駐している車も多かった。

そして写真奥にはおかえり祭り藤塚神社「高浜御旅所」がある。

地図でいうとこんなところ

時間も時間なので高浜御旅所に台車がいないことはわかっているのだけど、自分もこの祭りを見に行くの初めてで美川の地理のことがよくわかっていないから、ひとまずその御旅所へ向かって進んだ。

 

高浜御旅所を確認

図書館(白山市美川支所)の駐車場から高浜御旅所までそんなに距離はない。

歩いてだって余裕で行ける。

ちょっと歩くともう到着

でかい鳥居が2つも見えるのですぐにわかる。

入ってみると…

社もあった

両脇には狛犬もいる。

ここは藤塚神社の御旅所であって、藤塚神社の本殿は別のところにあるみたいだ。それでも社の中には神職の方もいて参拝を受け入れていた。

それにしてもこの御旅所の境内、縦に長い。

町中を練り歩く台車の格納庫も並んでいるので、便宜上、そうなっているのかと考えられる。

このように台車の格納庫が並んでいる

台車は各町ごとにあり、計13基もある。

「台車」とはいわゆる曳山で、その装飾は美川仏壇の技術の粋を集めたものなんだとか。

美川は仏壇作りでも知られるところだ。

町ごとそれぞれで飾ってあるものも違う。

これらと、あと悪魔祓いの獅子舞が先行し、そのあとを神輿が美川地区内を巡行することになる。

10時すぎのこの時間だと町中にすでに出ているはずなので、とりあえず追いかけることにした。

御旅所の鳥居を抜けると並ぶ屋台

境内でも並んでいたんだけど、屋台がかなりの数、並んでいた。

この美川おかえり祭り、屋台の数の多さも結構有名らしい。

こっちを向いても屋台の列

すげぇな。

キッズたちのお目当ては、これら屋台だろうね。

 

台車と遭遇

それら屋台が並ぶエリアを抜けると、急に町中が静かになる、というか情緒のある景色に見えてくる。

こんな景色

こうして美川の町中を歩くのも初めてだ。

大正ロマンの香りが所々に残っていたりして、なにか落ち着く、なにか好きだな、と思わせるところだった。

その町中を進んでいると…

なんか見えてきた

なにかではない、台車だ。

静かな町並みにギリギリギリッッと軋む音を響かせながらそれらが近づいてきたのだ。

おかえり祭りの台車(曳山)を観るのももちろん初めてだったから、まずその音に驚いた。

近づいてみた

ちょうど停まったので接近してみた。

これが台車だ。

「北町」と書かれてあった。

構造としては三輪車の曳山だ。

前輪と後輪で車輪のインチがだいぶ違う。

それを綱を使って人の手で曳くようだ。

なんか、続々とやってくる

1基やってきたと思ったら、後から後から続々と台車がやってくる。

13基もあるのだからそりゃそうなのだろうけど、初めてだから自分としては戸惑った。

綺羅びやか

間近で見てみると台車は綺羅びやかだ。

この金箔、そして造形、たしかに仏壇っぽい。

車輪の色は町によって違うのだけど、こうしてエメラルドグリーンのものもあったから派手だ。

竜宮城からやってきたようだなと、自分などは思ってしまった。

なんか船の形をしたものもあった

山王丸と提灯に書かれたこちらは「船職組」の1基だ。

船職組は「町」ではない。

町でないところはほかにもう1基あるようだ。

美川は北前船で栄えたところでもあり、そのころの文化がこうして残っている。

飾り人形がある

台車ごとに飾り人形も異なる。

山王丸に飾られているのは呉の政治家で軍人の「伍子胥」(ごししょう)なんだとか。

たしか「死者に鞭打つ」の語源になった人だよね。

人形を飾ってあるものが多いが、末廣町のものは「鏡」「榊」が飾られてたりするというので、各町ごとでだいぶ違う。

永代町では子どもたちが乗っている

この町のものは最も古い台車の形態を今に伝えているそうで、人形ではなく、狩衣(かりい)の子どもたちが乗って太鼓を叩いている。

これらを一基、一基確認していくのも結構楽しい。

 

おかえり獅子を追う

美川の町中を練り歩く台車を順に追っていくと、そのうち台車とはまた違う大きなものが移動していることに気づいた。

町角にて何やら見かける

台車と比べると小さい、移動式の屋台のようなものが動いていたのだ。

このときには台車とラッパ隊のことしかよくわかっていなかった自分は、何だあれは?と近寄ることになる。

獅子舞でした

「おかえり獅子」と呼ばれているものだ。

うわっ、胴体、長っ!

加賀方面の獅子舞は胴体が大きくて、蚊帳やテントのように中に入れるくらいのものが多い。

わかってはいるのだけど、こうして道の角から角を横切っている姿を見ると大きさというか、長さを改めて思い知る。

自分は獅子舞が好きなので、これも追わないわけにはいかなかった。

運良く、ちょうどその場で舞を披露するため止まったので、そちらも観賞。

おお、子どもたちが剣士

これまた加賀方面の獅子舞には、巨大な獅子に得物を持った剣士や奴が立ち向かう演舞をよく見かける。

でもこうして子どもが立ち向かうのは、あまり見たことがないので自分の中では結構珍しい。

お囃子に合わせて殺陣のような動きを見せる子どもたちがかっこいいじゃないか。

チェストッ!(←この掛け声は薩摩藩のもの)

と、言っているわけじゃないけど、そんなセリフをアテレコしたくなるような猛々しさだ。

なお、獅子を操っているのは大人たちだ。

獅子(大人)を退治だ!

ぼくらの七日間戦争』を思い出してしまう。

こうして大人になっていくわけだね。

成人の儀のようなものに見えてくる。

しかしまあ、尻尾までデカいな…

台車の軋むような音にも驚いたけど、それに負けないくらいこの獅子の尻尾を含めた大きさと長さには驚いた。

いやぁ、個性的でかっこいいやら、なんか可愛いやら。

ちなみに中はこうなっていた

はだけていたので思わず撮ってしまった。

荷台というか、移動するテントみたいだ。

ハンガーみたいなものまであって、バッグやらを吊るしている様には「理屈なぁ」と呟きたくなった。

台車に追いついた

13基の台車が先行し、その後におかえり獅子が続き、そうしてラッパ隊と神輿が巡行していくようで、同じところに待っているとどんどんそれらがやってくることに、自分もそのうち気づいていった。

ただ、やはり獅子舞が好きなものだから、もうちょっと見たいなと思い、しばらくこのあとを追いかけていた。

別のところでも舞を披露

花代を頂戴する氏子の家々の前で披露しているのだと思われる。

また、子供だけが獅子に立ち向かうものかと思っていたら、大人の奴も戦っていた。

このように

薙刀だ。

体が大きい分、大人たちの演舞には迫力がある。

別の場所では大人たちが刀を使用していたりも

漫画や格ゲーの必殺技が飛び出しそうなくらい迫力があるのだ。

牙突、だよね

るろうに剣心』を読んでいた世代としては、もうそれにしか見えなかった。

いやぁ、童心に帰るような興奮がある。

 

ラッパ隊と神輿を撮りたい

おかえり獅子のあとに続いて町中を巡行してくるのが御神輿だ。

現地で初めて理解したのだけど、その神輿と一緒に動いているのがラッパ隊だ。

ちょっと一息ついていたらこんな一団と遭遇

宮司さんなのかな?と思われる神職の方が家の前で祝詞を上げ、さらには長い柄の付いた軍配のようなものを持った人も二人いて、明らかに何かを誘導している感じがあった。

そして見ていると、なにやらラッパの音が聞こえてくる。

なにやらではない、ラッパだ

ラッパを持った一団が近づいてくるのだ。

しかもその後方にはさらに神輿の姿もあった。

このようにラッパ隊に導かれるように御神輿が巡行しているのだ。

美川おかえり祭りといったらラッパ隊…

自分の頭の中ではそういう印象を持っていたので、俄に興奮してくるのだった。

これを見たかった!と。

おお、ラッパ隊(ラッパ衆)だ!

リアルで聞くと、なんてけたたましい音なんだ。

朝イチにこれを鳴らされると、すぐに目が覚めるだろう。

この音の迫力、台車の軋む音もそうなんだけど、このラッパの音を画像と文章では伝えきれないところが悔やまれる。

このお祭りでは、台車を曳き手の方々もそうだが、みなさん紋付袴姿だ。

さらにラッパ隊や神輿を担ぐ美川の青年団の方々は白いハチマキも巻いている。

格好からして勇ましく、この祭りの花形と言われるだけのことはある。

自分、これらラッパ隊は男性だけで構成されているのかと思っていたのだが…

中には女性のラッパ手もいた

あとでニュースで知ったが、これ、今年2023年が初なんだとか。

祭りってこれまで女人禁制なところが多かったけど、男女平等といった価値観の変遷、さらに担い手不足などから女性も参加するようになったところが増えてきている。

美川おかえり祭りも女性のラッパ手が誕生したようなのだ。

これも時代だ。

自分は、こういうの大賛成なので、なんか嬉しい。

そして女性もしっかり紋付袴姿、白ハチマキを巻いている。

その姿にシビれる。

かっこいいじゃないか。

かっこいいといえば、この人も

「旗手」と呼ばれる人たちで、ラッパ隊と神輿の間にいて、こうして旗を仰ぎながら神輿を呼び寄せているような役割の人たちだ。

その動きがダイナミックで、初見では予測不能で、見入ってしまった。

旗手に引き込まれるように神輿もやってくる

鳳凰が乗った神輿だ。

朱色なのがクールだ。

この神輿の担ぎ手である青年団の方ももちろん紋付袴に白いハチマキ姿だ。

そしてこの神輿の担ぎ手の中にも…

女性がいた

しかも二人も(あとで三人いることに気づく)。

神輿、けっこう重いと思うのだけど、それらをちゃんと担いでいたから、凄いものだ。

男手と比べて袴の色が白っぽいところが特徴だろうか。

これらラッパ手、旗手、神輿の担ぎ手たちがかっこいいものだから、これらもやはり追いかけてしまうことになった。

別の場所にて

座して旗振りのタイミングをはかる旗手の姿。

見よ、この気合の入り方

旗手とラッパ手が動くの待っているんだけど、すでに御輿を担いでいるから戦(いくさ)まえのような気合の入り方をしている。

そして動き出す旗手

その振り方

躍動感ありすぎ!

そのまま突っ込んでいきそうなくらい勢いがあって、それでいてトリッキーなこの動き。

どうにか写真で伝えたくて、こうして撮りまくってしまっていた。

くり返しになるが、自分は美川おかえり祭りのイメージをラッパ隊と台車ぐらいしか抱いていなかったので、こんな旗手がいるなんて、これまた衝撃的だった。

おかえり祭り、想像以上に楽しい。

 

感想

昼過ぎに神輿やラッパ手がおかえり獅子や台車に追いつくと、そこでお昼休憩となっていた。

渡御は昼以降も続き、19時くらいには御旅所に到着するようなのだけど、自分は時間の都合もあって、そこで帰ることにした。

朝寝坊してこのお祭りを最初から見れなかったので、この日全てを観るつもりはなくなっていたのだ。

2日間かけて行われるお祭りなので、そのすべてを一気に見ることは地元民ではない自分としてはなかなか難しく、来年後もまたやってきて少しずつ見てきたいと思う。

早朝のラッパ隊とか、夜の台車とか、まだまだ見たいものはあるので、楽しみは来年以降に取っておきたい。

それにしても初めての美川おかえり祭り、初めてだけに想像以上のものばかりで、そのワンシーン、ワンシーンが胸によく刻まれた。

また見に来たいと思われるものばかりなので、自分はこのお祭りを好きになってしまった。

このシーンも

このシーンも

この音色も

この気合も

また撮りに来たくなった。

停車する台車の脇を抜けて

帰るとき、これらの脇を抜けて帰った。

最初は驚いた台車の軋むような音も、今回はもうこれで聞けないのかと思うと寂しくもなったよ。

また来ます!