初心の趣

カメラ初心者の石川県人が同県を中心に地方の変わった魅力を紹介しています

「奥能登国際芸術祭2020+」をマイペースに回る第四日目その15(さわひらき「幻想考」)

能登国際芸術祭2020+で目にした作品の紹介、第四日目その15だ。

今回は旧日置公民館で展開されていた、さわひらき氏の「幻想考」を取り上げたい。

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旧日置公民館へ

今回紹介する作品が展示されている旧日置公民館は奥能登国際芸術祭2017のときにも「魚話」という作品が展示されていたところだ。

「魚話」の作者も「さわひらき」さんだったので、この旧公民館がさわひらきさん専用の美術館のようにもちょっと思えた。

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ここだ

4年ぶりなので、なつかしい。

ここまでやってくると4年前の作品のことが頭の中でイメージとして浮かび上がってきた。

たしか暗くて、舟や映像を使ったインスタレーションであった。

2017のときの旧日置公民館の作品を含む記事はこちら

 

8番 さわひらき「幻想考」

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8番だ

さわひらきさんは石川県出身で、ビデオインスタレーションの作品で知られる方だ。

前回の2017のときも映像を使った作品であったし、今回ももちろんそうだ。

この案内板を見ていると、作品タイトル「幻想考」は「幻想」と「考」で分けるようだ。

「イリュージョンを考える」といった具合に受け止めれば良いのだろう。

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受付も済ませていざ入る

旧公民館だけあって、中は土足厳禁だ。

カーテンで通路が仕切られていて、入る時は左側から、右側は出口になっている。

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わかりやすく「入口」

テープか何かで書かれた文字が手作り感あってホッとする。

都会的な大きな美術館ではまず見られないであろうこれが、庶民の自分にはむしろしっくり来る。

気楽に見ていいのだろうと、肩の力が抜けたものだ。

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最初の部屋ではこんな演出

このような空間づくりをしていた。

スペースが広くて贅沢な空間の使い方だ。

物寂しい感じもするけど、コース料理で言うと前菜みたいなもので、いきなり重くならないように情報量は少なめに仕立ててあるのだと思われる。

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これ、中のイメージが…

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変わったりします

さわひらきさんの作品って、見る人の想像力に働きかける作品なのだそうだ。

ということは、これらイメージからもそれこそ十人十色で好きに解釈して楽しんでいいんだよね? と、自分などは勝手に解釈した。

見ていると、音楽のPVを思い出してしまった。

こうして改めて写真で見ていてもPVを連想してしまう。

ちょうどいま平井堅さんの『君の好きなとこ』を聞きながらこの記事を書いているので、上の写真なんて、かくれんぼに適してそうだなと、そんなことを考えてしまった。

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不思議なものも置かれていた

なんだこれは?

顕微鏡みたいなものだろうかとあれこれ考えて、結局答えはでない。

情報量は少なめにしてあると書いたけど、少ないながらも隠し味のようにわからないものを仕込んでくるところはニクい。

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壁には絵画なんかも掛けてある

この、もやもやっとした絵は、書いた本人だけにしかその意味はわからないだろう。

わからないので正解を求めようとはせず、やはり独自解釈で楽しませてもらう。

「ストレスが溜まっているなら吐き出せ!」と思っているけどなかなか吐き出せない人の心の図、と自分などは勝手に受け取った。

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気づきづらいところにも絵が飾られていたりする

カラフルな灯台だ。作者の子供の頃の記憶だろうか。

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自分などはこっちのほうが気になりましたが

クミアイプロパンの注意喚起のシールのようだけど、そこに描かれている犬のイラスト、子供の頃にこの手のタッチの絵をよく目にしていたからか懐かしさがあった。

子供の頃の記憶を刺激されたよ。

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次の部屋には舟があった

2017のときにも舟がこの部屋に置かれていたけど、同じものだろうか?

基本的にこの部屋、ものすごく暗くて初心者カメラマン泣かせなんだけど、こうして明るく撮ると影絵のように壁や障子に影が浮かんでいた。

この影、見ようによっては顔に見えてくる。

怒っている顔のようにも見えれば、笑っている顔のようにも見えるし、もしくはその2つが半々に掛け合わされているようにも見える。

この一瞬はただの偶然なのだろうか?

ちなみに舟なので、コース料理で言うと魚料理に思えた部屋だった。

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廊下に出ると小さなアニメーションが

虫眼鏡みたいなものに、小人がテクテクと歩くようなアニメーションが映し出されていた。

ご覧のように、ここも基本的に暗いし、そのアニメーションも小さいしで気付かずに通り過ぎる人もいた。自分が気付けたのは、2017も経験しているからだろう。前回もこのあたりで動く映像があると記憶している。

ただ、気づけてもそれを写真に撮るのは難しかった。

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拡大

なんか怖い…

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次の部屋もまた暗い

台形の形をした三本足の天板のないテーブルのようなものが置かれていた。

なにかの楽器かとも思ったけど、どうやらそういうものでもない。

色々とミステリーだし、暗いしで、ここでもなんか怖い。

記憶の中に封印していたのに出てきちゃった「何か」みたいじゃないか。

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そして一番奥の部屋へ

メインディッシュだ。

ちょうど皿のような巨大な円盤も設置されていた。

だけど、やはりというか、ここも暗い。

その中に浮かぶラッパにスポットライトが当たっている。

最初の部屋で目にした絵画と似ている。

いや、あの絵を具現化したのがこれなのかもしれない。

自分が鑑賞していた時、こられラッパが鳴っていることはなかった。

代わりに、何かを吐き出すようにジャンボジェット機が飛行していくジェットエンジンの音がインストのように流れていた。

特に映像とかも何もないので、その音が何を示しているのか把握しづらいものがあった。

というかね、ビデオインスタレーションで知られるさわひらきさんの作品なのに、この奥の部屋では一切映像が流れていなかった。

この皿のような円盤や四角い白板に映像が映し出されるものだと思ったのだけど、5分、10分と待っても音だけであった。

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部屋の奥にはスクリーンまであったのに(暗くて見えにくいですが)

スクリーンにも反応なし。

自分と同じように何か上映されるのかと待っていた鑑賞客もいたけど、先に諦めて帰ってしまっていた。

自分も結構粘ったものの、残り時間も考えて結局後にしてしまった。

なにかの不具合だったのか、それともそもそも映像によるインスタレーションはこの部屋にはなかったのか、いまでも謎である。

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外に出て建物をこの角度から見てみると右手にも絵が飾ってあったと気づく

入り口の右手に戸も窓も取っ払ってある調理場みたいなところがある。

その壁に絵が飾ってあったのだ。

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ここだ

調理場だと思うけど、理科の実験室にも見えた。

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3枚の絵

館内に展示されていた、舟の周りの飾りだったり、奥の部屋の円盤だったりのイメージスケッチみたいなものだろうか。

これら壁の絵を正面にして左手には、さらにこんなものも置かれていた。

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食器棚に木箱のような写真立て?

写真立てのように見えてこれ、タブレット端末でも埋め込まれているのか、動いていた。

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アップでおじいさんの後ろ姿

能登の伝統行事(神事)「あえのこと」だろうか。

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隣には縦型のものも

やはり神事の様子が映し出されていた。

映像のインスタレーションがないと諦めて出てきた後だけに、小さな宝箱を見つけたようなささやかな感動があった。

コース料理的にはデザートを食べた気分だ。

それにしても、この箱、欲しい。

 

感想

自分の滞在時間がまだまだ短かったからか、夕方にやってきていた時間帯のせいなのか、一番奥の部屋で映像を見れなかったことがいまでも心残りである。

2017のときはあの部屋で映像を組み合わせたインスタレーションを展開していたはずなので、今回もあるだろうと考えていたこの安直さの裏を突いてきて、あえて映像を使っていなかったのか等々、色々と考えてしまう。

考えれば考えるほど答えが見えてこなくなるのだから、イリュージョンである。

これでは自分にとって「幻想考」とは「幻想を考える」ではなく「考えるほど幻想へ」なんじゃなかろうか?

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幻想への迷い道

してやられた気もするけど、幻想世界で作者と騙し合いにもに似た「会話」をしたような心地がして、こういった経験も悪くない。