初心の趣

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七尾市の青柏祭のでか山(曳山)がどうやって旋回するのか見に行った

毎年GW期間中である5月3日から5日にかけて七尾市にて行われる青柏祭に行ってきた。

青柏祭と言えば日本最大級の曳山行事がある祭りだ。

七尾は祖母が住んでいた場所で青柏祭は子供の頃に何度か目にしているのだが、あの巨大な山車がどのように曲がるのか、大人になって改めて気になったので見に行ったのだった。

ちなみに青柏祭は国の重要無形民俗文化財に指定されていただけでなく、昨年の2016年12月にはユネスコ無形文化遺産にも登録されている。

今回の青柏祭はユネスコ登録後初の開催となるわけだ。

当ブログでも和倉の足湯の際にその点に触れていたにも関わらず、当日自分はそのことをすっかり忘れていた。

能登総合病院そばに設けられていた臨時駐車場の係員の人と話している時に、「やっぱりユネスコですか?」と見に来た理由を聞かれてようやく登録されたことを思い出していたのだった。

その臨時駐車場だが、そこからはシャトルバスも出ていたので、七尾駅まで連れて行ってもらえた。

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七尾駅

自分がやって来たのは青柏祭の最終日である5月5日だった。

この日は港の方にある能登食祭市場からこの駅前まで「でか山」こと山車が曳かれていく。ということで、ここから食祭市場までの道をまっすぐ歩けばでか山に遭遇することになる。

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これがその道

交通規制がなされていて歩行者天国状態。

脇には屋台がズラッと並んでいた。

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食祭市場ではすでに3台の曳山が待機

青柏祭の曳山は3台だ。

写真で言うと手前から「魚町」「鍛冶町」「府中町」のでか山こと曳山だ。

各町ごとに「山紋」と呼ばれる家紋のようなマークが異なる。

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より山紋がわかりやすい図

魚町では丸に二つ引、鍛冶町では丸に山の字、府中町では右三つ巴だ。

それら山紋を背中に施した法被を着た人たちの姿も目にできた。

 

でか山はデカい

曳山の大きさは高さ約12メートルある。長さは扇状に広がった上段部で約13メートルもある。

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車輪も大きい

車輪だけで2メートルある。

マイケル・ジョーダンよりでかい。

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デカ山の上段部にはこんな施しも

上の写真では曳山のどれもが背中側を見せていてわからなかったが、反対側にまわるとこのように人形の舞台となっており、人形飾りが施されている。

歌舞伎や名芝居の場面にちなんだそれら人形の出し物は毎年異なる。

今年は魚町で本能寺の変、鍛冶町では源義経と弁慶、府中町では忠臣蔵であった。

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こちらが魚町

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こちらが鍛冶町

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そしてこちらが府中町

写真を見るとわかるように、どの曳山にも人形以外に人間の子どもたちも乗っている。

このでか山、人が乗り降りできるようになっているのだ。

一度でいいから乗ってみたいものであったが、七尾市民でもなく子供でもないので、さすがに憚られた。

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でか山にはほかにも乗る場所がある

子どもたちは人形舞台の方に乗っていたが大人たちは前方の張り出した部分に乗っていた。

しかもただ乗っているではなく、掛け声を上げ、音頭を取って、それらで景気を付けて曳山本体を発進させていた。

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動き出すでか山

この日は食祭市場から駅に向かって進んでいった。

動き出すとゆっくりドンガメのように進むものかと思ったら、人間が歩くのとあまり変わらない速さで進んでいった。

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このようにみんなして追いかけていく

考えることはみんな一緒だ。

自然と流れるように追いかけていって、民族大移動のようになっていた。

曳山の速度が遅すぎず速すぎずなのも良かった。

おかげで人々の動きはスムーズで、自分としても歩いて追いかけながら撮影できた。

 

人の手で動かされるでか山 

実際、この曳山はどのように動いているのかといえば、曳山だけに人間が曳いて動かしている。

山車の前にまわると曳き手の人たちの姿があった。

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このように綱が伸びている

これらを人間の力で曳いて動かす。

曳いていたのは町の祭り関係者ばかりではなく、一般の人も一緒になって曳くことができる。

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「綱元」のタスキを掛けた人もいた

ほかにも安全係のタスキを掛けた人の姿もあった。

これだけ巨大な山車だけにみんなの力を合わせるだけではなく、それらをちゃんとコントロールしなければ安全に曳けないのだ。

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改めて、デカさが分かる図

車輪に綱が引っ掛けられている。

こういった原始的な仕組みで車輪を動かしていた。

これだけ大きいと、一つ間違えると確かに事故になる。

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そんな中、曳き手には女性たちの姿も

祭りに男女は関係ないですな。

しかしまあ、カッコイイお姉さん方だ。

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曳いている様子

曳くって大変だけど、皆さん笑顔だった。

祭りはやっぱり参加したほうが楽しさも倍増するのだろう。

写真撮影に躍起になっていてそれどころではなかったとはいえ、自分も曳けばよかったと少し後悔した。

 

曲げるのも人の力とテコの力

それにしても、これだけ大きな山車が人間の力で引っ張られているだけでもスゴいけど、これをどうやってコントロール、車で言うとハンドリングしているのかとても気になった。

というのも食祭市場から駅まできれいに真っ直ぐではないのだ。

多少、道が湾曲しており、少しずつ車体を曲げていかないといけない。

あの2メートルもある車輪をどのように操ってコーナリングさせているのか?

撮りながら観察していると、なかなかおもしろいものが見れた。

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車輪の近くでこんなものを持った人がいた

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車体を曲げる時、それをかましていた

こうして微妙な方向転換を可能にしていたいのだ。

それも、左に見える筆のようなものでかます板を濡らしながら車輪の向きを微妙に変えていた。

その際、熱量があるのか軽く湯気も立っていた。

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こんな感じで濡らす

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筆のようなものはバケツに入れてある

バケツは山車の腹のあたりにぶら下げてあり、いつでも筆を取り出して車輪にかます板を濡らせる。

この中身が水なのかお湯なのか、これまた気になった。

祭りの関係者の人達が話しているのを聞く限りではどうやら油らしい。

油で滑りを良くしていたようなのだ。

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でか山が通った後の道路

このようにベタベタと濡れている。

踏んでみるとたしかに滑る。

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それを滑らないようにする祭り関係者の人

土嚢袋のようなものに詰め込んでいた砂のようなものを撒いていた。

「油ですんでね」と言いながら、濡れた箇所を覆うように撒いていた。

 

辻回しも見る

この巨大な曳山を90°以上旋回させて右折や左折させることを「辻回し」と言うそうだ。

このでか山のメインイベントでもあるその情景も見ていたが、昔ながらの梃子(てこ)の力だけを使って回すので見応えがあった。

その様子も少し説明したい。

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まず前方に大きな梃子をかます

大梃子の上にはこのように人が乗っていく。

先端にはロープもつながれ、引くことで右側が下がる仕組みになっている。

右側を下げて、山車のある左側を梃子の原理で持ち上げるのだ。

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こんな感じで前輪が浮いていく

※こちらは府中町の曳山の様子

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前輪が浮いた時、中に潜って作業している人も

「車元」という人らしい。

地車(山車の腹の下の横向きの車輪)に心棒を入れて固定しているのだとか。

観客からは一番見られない仕事ながら、この辻回しでは一番重要な役割なのだそうだ。

なんせ危険が伴う仕事だ。

縁の下っていうか、山車の下の力持ちのような方だ。

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前輪が浮いたら今度は後輪にテコ

今度は後輪に細長い梃子を4本くらい差し込んで、弾みを付けて旋回させるのだ。

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後輪の様子

 旋回させたい方向に木を噛ましているのがわかる。

このあとこのデカ山は腹の下の横向きの車輪を活かして右に旋回していた。

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でか山が曲がっていく

後ろに乗っている子どもたちはかなり余裕の表情。

大人の苦労、我関せず(子知らず)といった感じだった。

子どもたちは子どもたちで疲れていたのかもしれないけど。

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最終的にこんな狭いところにまで入っていく

民家の真ん前、ギリギリだ。

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遠くから見た図

橋を渡って狭いところに入っていったのがよくわかる。

真ん中の鍛冶町のでか山は橋をわたるために今まさに旋回中だ。 

 

まとめ

子供の頃に見ていた青柏祭のでか山。

その旋回の様子を、こうして大人になって改めて目にして、その回し方の理屈を知ることが出来てかなり満足だった。

それもクレーン車や油圧ポンプ式のジャッキなどを使うのではなく、いまでも昔と同じように梃子の原理を使った人力で回していたことに感動があった。

一つ間違えると大きな事故にも繋がる危険な作業。

それでもあんな巨大なものを狭い道路に放り込むため回さずにはいられない、あの熱気と訳の分からないテンションの高さこそが「祭り」なのだろうと心底思った。

ハイテク化が進んで人の労働力すら不要となりつつある世の中だけど、このある意味非科学的で非合理的な「祭り」というものは、人間の精神面において必要不可欠なものではないだろうかと考えさせられる。

飛躍した言い方であるが、人間は精神衛生上、結局動かなくてはいられない、働いていないといられない動物なのではないかと思えてくるのだった。

ユネスコに登録もされたことだし、勤勉な日本人としてあり続けるためにもこの文化は今後も末長く続いていってほしい。

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最後にお世話になったシャトルバス

臨時駐車場とシャトルバスはほんと便利だった。シャトルバスの本数も多く、待たされる時間も短かった。

いろいろと教えてくれた七尾市の職員(またはボランティア)の人たちもいい人たちだった。