初心の趣

カメラ初心者の石川県人が同県を中心に地方の変わった魅力を紹介しています

珠洲市の「奥能登国際芸術祭2017」をのんびりまわる第三日目その1(「時を運ぶ船」とゴジラ岩)

珠洲市で行われている「奥能登国際芸術祭2017」にまたまた立ち寄ってきた。

初日の9月3日、その翌週の9月9日である程度まわり、次に鑑賞しに行くのは10月になってからだろうと言っておきながら、9月23日に能登方面に足を運ぶことになったので珠洲市にも足を運んだのだった。

今回の「第三日目その1」では第二日目最後に足を運んだ大谷エリアの、鑑賞し残していた1作品を中心に紹介したい。

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大谷エリアへ

前回のセーブポイント

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作品番号3「神話の続き」の駐車場

前回、羽咋市の方と夕日を待っていた場所だ。夜に立ち寄った箇所を除くと、前回最後に立ち寄ったのがこの作品番号3「神話の続き」だった。

ということで、こうして改めて足を運び、写真に収めた。ただ、この日は能登島からなぜか輪島経由で珠洲市に入っているので、より輪島に近く、芸術祭の作品の中では一番珠洲市の西で展示されている作品番号1へ実は先に立ち寄っていたことを白状したい。

 

1番 塩田千春「時を運ぶ船」

輪島から国道249号線を東に向かって車を走らせると珠洲市に入っていく。

その道路こそがこの奥能登国際芸術祭の正規のルートとばかりに作品番号1番が現れ、東に進むほど2番、3番と続いて珠洲市を反時計回りするように作品を鑑賞していくことになる。

自分は初日からそのルートを逆方向から辿ってきたので第三日目にしてようやく作品番号1に辿り着いた。

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1番だ

やっとたどり着いたこちら、2番ともかなり離れているので心理的には最後の方にまわりたいと思っていた。そして結果そうなった。

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場所は旧保育所

旧清水保育所だ。

こちらちょっとした高台にあって、かなり急な坂を車で登ることになる。雪の日など路面が凍っているときに二駆ではあまり上がりたくないような急坂だ。

中に入ってすぐ受付があり、作品がある部屋も目の前だった。

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こちらが「時を運ぶ船」だ

部屋の中が真っ赤だ。

船から天井へ毛細血管のように何本もの赤い糸が伸びている。

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わけがわかんないくらい伸びている

その赤い糸の広がりは圧倒的だった。

とくに天井を見上げていると繭の中に閉じ込められたような錯覚さえある。

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天井だ

中二っぽい言い方をすると結界みたいでもあった。

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ヒーターもこのとおり

赤い糸でがんじがらめのような状態だ。

こういうのを見るとニヤニヤしてしまう自分って、やっぱりSっ気があるのだろうか。

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船には砂が積まれていた

この作品には「いまも揚浜方式製塩法を続ける珠洲市の人々の生活と歴史を乗せて、人の心と記憶を赤い糸で結んでいく」との作者による説明書きもあった。

この船はその揚浜方式製塩法に必要な砂を運んでいた「砂取船」であり、積まれている砂は製塩に使われていた砂だ。

揚浜方式製塩法って、踏み固めてカチカチにした土の上にサラサラの砂を敷き、その上から海水を巻いて砂に吸収させ、天日で干して水分を飛ばして、塩分(塩の結晶)を含んだ砂をまず作るのだ。

このときに使われる砂が粒子の細かいものでないとダメらしく、良質の砂を取りにこうして船を出していたのだそうだ。むかしは車なんてものもなかったし、船が運送手段の主役だったわけだ。

その塩分を含んだ砂を回収して「垂船」(たれふね)と呼ばれる木箱に入れて、上からまた海水を注いで砂についた塩分を垂船の下部に溜め込んでいく。溜め込んだ塩分濃度の高いその塩水を「かん水」と言うそうで、そのかん水を焚いて濾過してまた焚いて塩が出来上がっていく。

なんで砂に含ませて天日で干すのかと言えば、日光を当てることでミネラルが増えるのだとか。

日光でミネラルを作るというのは砂に限らず米なんかもそうで、稲を稲架(はさ)に干すのもそういう理由からだそうだ。

能登の塩や米はただ美味いわけではないのだ。

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隣の部屋では作業風景の映像も見れる

塩田の作業風景と銘打ってあるが、見れる映像は塩を作る「塩田」(えんでん)ではなく作者の塩田千春(しおたちはる)氏の海外での作業風景だった。

写真でいうと左のスペースではスペインでの作業風景を、右側ではイタリアでの作業風景だと言っていた。

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横に細い覗き窓からこういった映像を見ることが出来る

塩田氏は海外でも同じように糸を使ったアートを発表しているのだ。

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赤い糸もさりげなく置かれていた

アクリル糸のようだ。

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さらに隣の部屋ではむかしの塩作りの写真をパネル展示していた

アート作品を通して、この土地の塩作りの文化や歴史を学ぶことが出来るのだ。

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塩、売ってます

受付で珠洲の塩の販売も行われていた。

販売まで持っていくこの流れ、マーケですな。

個人的にはそういう点も勉強になった。

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それらを踏まえてもう一度鑑賞

受け継がれてきた塩作りの歴史と絡めて観ると、毛細血管みたいな赤い糸が「血脈」(けつみゃく)にも見えてくる。

ちなみにこの作品、7人で12日間フルタイムで作業して完成したそうだ。

この血脈、軽くない。

 

昼間の「サザエハウス」へ

作品番号2の村尾かずこ作「サザエハウス」は第二日目その6でも紹介したが、そのときは公開時間外に足を運び、スタンプは押せたものの外観だけを見て中に入ることはできなかった。

今回あらためて公開時間内に行ってきたので、サザエハウスの中の様子の写真も少し並べたいと思う。

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昼間のサザエハウスだ

公開時間内だとこのように扉が開いている。

そして鑑賞客も多かった。

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中に入るには靴を脱ぐ必要がある

土足厳禁だ。

サンダルが二つ用意されていて、それに履き替えて入っていく。

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中はサザエの殻の中のように

渦巻いた空間になっていた。

公開時間外では閉められていた窓も開けられており、そこから外の景色を望むことが出来た。

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マーブルがかった空が見えた

この日は天気も良かった。この晴天がなかったらこうして三度目の奥能登国際芸術祭訪問はしていなかった。

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渦巻いた空間の奥にはこんなオブジェも

前回は外壁にくっつけられた25000個のサザエをホラーなんて例えたけど、こういうオブジェだと思い出の欠片みたいでかわいいものだ。

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外からも中を覗ける

公開時間外では閉まっていた窓も外されている。

みなさん、外からカメラを向けて中の人を撮るというインスタ映しそうな写真を撮っていた。

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よく見ると外壁のサザエにビー玉の装飾

前回夕方に来たときには気づかなかったが、サザエの貝殻の一部にはこのようにビー玉の装飾もされていた。

集合体恐怖症を刺激するホラーな要素ばかりではないようだ。

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ないようだ…

そう… 思いたい…

 

昼間の3番「神話の続き」も見に行った

3番の深澤孝史作「神話の続き」もサザエハウス同様に前回は夕方に鑑賞したので、セーブポイントとしたその駐車場の写真を撮るついでに昼間の環波神社の様子も見てきた。

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「神話の続き」こと環波神社の鳥居だ

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そして本殿である海だ

個人的にはやはり夕方のほうが好みだ。

ただ、昼間は昼間で前回暗くて上手く撮れなかった祠(ほこら)とその中の御神体を撮ることが出来た。

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これらが祠と御神体

崖側にあった。ほかにもあと2つほどある。

前回、鳥居の製作に地元の子供たちが携わっていたといった間違った内容を書いてしまった(現在修正済み)が、そのブログを目にしてくれた作家ご本人である深澤孝史さんがTwitter上でその間違いを指摘してくれて、また子供たちが作ったのはこの祠の御神体であるとも教えてくれた。

この御神体、子供たちが作ったのだ。

子供たちの作るものってかわいい&自由だ。

 

道の途中で

ここからは、芸術祭の作品ではないが、1番の作品と関係するものを道中で見つけたので少し紹介したい。

2番のサザエハウスから3番の環波神社へ向かう途中、塩田(えんでん)があった。

1番の「時を運ぶ船」でも注目されていた揚浜方式製塩法の塩田だ。

1番にいた地元スタッフの方に教えてもらったものが目に入ったので思わず撮ってしまった。

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塩田の様子

屋根みたいに重ねられた木の板が、集めた砂を入れる「垂船」だ。

板を組み立てて箱状にするのだ。

話に聞いていたものを実物で見るとなんか嬉しくなる。

 

また、少し時間は飛ぶが、この日の公開時間が過ぎて帰ろうとしたその道中にもう一つ1番で教えてもらえた話に出てきた、あるものを目にしたので併せて紹介したい。

それは「ゴジラ岩」にあった。

ナニそれって思われるかもしれないが、地図で言うと、やはり2番と3番の間の道路でゴジラのような形をした岩礁が見れるスポットがあるのだ。

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ゴジラ岩のパーキング

クルマを停めれる鑑賞スポットとなっている。朝日や夕日がきれいな場所だ。ゴジラ岩のことは前から知っていて、一度写真に撮っておきたいと思い立ち寄ったのだ。

すると、ここは「寄揚の浜」(よりあげのはま)とも呼ばれている場所で、案内板には江戸時代以来ここの砂を製塩用に運んでいたとも記されていた。

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塩田の砂の場所だ

1番で目にした「砂取船」で運ばれていた砂はここでも集められていたそうなのだ。

運ぶ時は命がけだったとか。その時に生まれた(唄われた)のが「砂取節」とも書かれていた。砂取節は現在、無形文化財として県に指定されている。

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その砂浜へ

粒子が細かい砂なのだそうだ。自分にはよくわからなかったが、近くにいた県外から来ていたであろう人が言うには「踏み心地が違う」らしい。

そう言えば、車で走れる砂浜こと宝達志水町羽咋市に渡って伸びる「千里浜なぎさドライブウェイ」の砂もまた粒子が細かい。あの車が通れる秘密って実はその粒子の細かさにあったりする。細かい砂が海水でギチギチに固められることで車重やトラクションにも耐えられるのだ。

石川県、特に日本海側に面した外浦の砂ってそういう特徴があるのかもしれない。

なんにせよ、ここでも話に出てきたものを実際に目にできて、その偶然に胸が踊ってしまった。

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ちなみに「ゴジラ岩」とはこちらのこと

確かにゴジラの形に見える。

潮が引いているともう少し接近できるそうだ。

 

感想

以上、作品番号1番の「時を運ぶ船」とそれに関連する景色の紹介だ。

ゴジラ岩に立ち寄ったのはホント気まぐれで、そこが砂取船で運んでいた粒子の細かい砂が取れる場所だったとは思ってもみなかった。この繋がりは奇跡に近いすごい偶然だった。

この1番の作品を振り返ると、改めて今回の国際芸術祭の作品がこの奥能登珠洲の土地と深く根っこで繋がったものばかりなのだと気付かされた。

サザエハウスにしても環波神社にしてもそうだ。

この芸術祭はやはり「珠洲を知る」芸術祭なのだろう。

のんびりまわると、作品と関連する珠洲の景色をこうして偶然目にすることも出来て、より深く珠洲を知ることが出来る。手前味噌ながらのんびりバンザイということで今回の〆としたい。

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のんびりまわった結果、見れた景色

でも、これ、本当はもっと日が沈みかけた時に撮りたかった。時間の都合で長居出来なかった結果の中途半端な写真なので、偉そうなことは言えない。

(岩に登って撮ったということだけは強調しておく)

あしからず。