映画ソムリエを目指す猫

〇〇なときに観たい映画をレビューしており候。

『転校生』 異性と付き合う前に異性は大変だと知るために見たい映画

『転校生』

公開:1982年4月17日

上映時間:112分

監督:大林宣彦

脚本:剣持亘

製作:森岡道夫、大林恭子、多賀祥介

撮影:阪本善尚

出演:尾美としのり小林聡美佐藤充樹木希林宍戸錠入江若葉、他

 

あらすじ

神戸から尾道へと引っ越してきた転校生の斉藤一美と、幼少の頃にこの尾道で彼女とご近所さんだった斉藤一夫。再会初日に二人一緒に神社の境内の階段からかまるように転がり落ちたことで、互いの心と体が入れ替わってしまうことに。中学生で思春期真っ盛りの二人は入れ替わってしまった異性の体に戸惑いながら、周囲にバレないようになんとか互いの生活をおくるのであったが…。

 

レビュー目次

 

 

男女の心と体が入れ替わる話

男女のカラダが入れ替わった物語というと、いまなら『君の名は。』を真っ先に思い浮かべる人も多いと思うが、一世代前の映画ファンからするとやはりこの大林監督の『転校生』だろう。

原作である『おれがあいつであいつがおれで』の語感の良さも個人的に好みだという人もいた。

同級生の男女の体が入れ替ってしまうファンタジーは、思春期の子どもたち、特に男子には夢のある話だ。多感な中学生の頃に、そのようなシチュエーションを妄想したことがあるという人も少なくないだろう。

その妄想の動機はスケベゴコロであり、異性への興味であり、そして恋愛感情である。
これら感情を大っぴらにできる経験豊富な大人なら、そんな妄想を膨らますことはなかなかない。言い換えると、こんな妄想をしてしまう思春期の子どもたちは、大人の眼にはウブである。そして、こんな作品を映画にしてしまう人間の大人というものも、この猫の目からすればウブである。

 

入れ替わって初めて知る異性の大変さと違和感

カラダが入れ替わるなんてファンタジーな性格を持った同作品であるが、入れ替わってから直面する男女の問題はリアルである。

特にお年頃の女子にはリアルすぎてヘビーだろう。男のカラダを汚らわしく思う年頃でもあるため、異性に入れ替わってしまった自分のカラダをまともに見ることもできない。

股間を蹴られると死ぬほど痛いということも、これは男子の体になってみないと女子にはわかりづらいだろう。

男子にしても、近々生理が始まるころだからと相手に言われたら、そりゃ動揺する。

異性への興味とスケベゴコロで知り得ていた生理という言葉も、いざその現象を目の当たりにすれば秘め事を覗き込んでしまったような畏れや気後れを感じてしまうものである。

ましてそれが自分の身に起きるとなれば拒否反応を示してもしかたない。

また、男らしさ、女らしさといったジェンダーにも戸惑うものである。

男子はガニ股で座ってしまう、女子はなよなよと喋ってしまうものだ。

男子だから、女子だから違和感のないそれら仕草も、体が入れ替わった状態で見せられると、つまり一美のカラダでガニ股で座り、一夫のカラダでなよなよと喋べられると、傍から見ていて変であり、笑ってしまう。

作中、本人たちも互いに受け入れられなかった。

この違和感は、思うに何もカラダが入れ替わらなければ感じられないものでもない。

異性に興味を持ち、異性を知る過程で誰しもが体験する違和感である。

本作は体と心が入れ替わってしまうというファンタジーを前提にしながら、描いているものは現実によく見られる思春期の男女の、憧れや戸惑い、羞恥といった感情であり、また恋愛なのである。

 

恋愛は異性への理解

恋愛をして異性と付き合ってみると、常に異性への違和感がつきまとう。

男にはこんな苦労があるのか、女にはこんな苦労があるのかと、戸惑いの連続だ。

その互いの苦労をそれぞれで理解し合えればその恋愛もうまくいくのだろうが、同作のようにそうなかなかうまくいかないのもまた現実である。

 

心と体が入れ替わったことで教えられているこの作品はその点において、若人たちへの恋愛の指南書的立場を取っているとも言えるかもしれない。

恋愛は互いを知らなければならないのだ。

男には男の、女には女の苦労があるのだ。

 

これを思春期に教えてもらえれば、大人になって色恋沙汰で苦労をすることもないだろうし、本作のように思春期に衝突を重ねながらも相互理解できれば、あの頃いい恋愛をしたと大人になって振り返ることが出来るのではないだろうか。

 

尾道のリアルさも切り抜かれた映画

リアルと言えば、もう一つある。

この映画は大林監督の尾道三部作と言われているだけあって、広島県尾道市の景色がよく映し出されている。

それも観光名所ではない、普段の尾道の町並み、生活の息遣いを感じさせる尾道のリアルな姿を映像として切り取っている。

思うに、ドラマなんてものはたいがい日常の中にひそんでいるものだ。

または、日常の中にちょっとした異変があるからこそドラマとなるものだ。

この作品で描かれる「日常」がまた、恋愛ドラマを生んでいるのである。

日常というリアルが見えるからこそ、男女の指南書にもなり得るのだろう。

 

追記

たとえ尾道の出身者でなくても、本作のファンタジーでトリッキーなその甘酸っぱい恋愛に懐かしさを覚えてしまう。

いや、男女とカラダが入れ替わるという妄想じみた設定だからこそ、多感な中学生らしさと懐かしさを感じさせてくれるものである。

それらの芝居を見事やってのけた一夫役の尾美としのりさん、一美役の小林聡美さんには感嘆してしまう。

特に胸まで出した小林聡美さんの役者根性には敬服する。

なんにせよ、この映画を中学生くらいのときに見ていれば、思春期における恋愛の仕方も変わっていただろうと思うのであった。