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映画ソムリエを目指す猫

〇〇なときに観たい映画をレビューしており候。

『12人の優しい日本人』 個人の力では行き詰まっているという時に観たい映画

邦画 密室劇 悩み

12人の優しい日本人

公開:1991年12月14日

上映時間:116分

監督:中原俊

脚本:三谷幸喜東京サンシャインボーイズ

製作:岡田裕

撮影:高間賢治

編集:冨田功、冨田伸

出演:塩見三省相島一之上田耕一、二瓶鮫一、中村まり子、大河内浩、梶原善山下容莉枝、村松克己、林美智子、豊川悦司、加藤善博、久保晶、近藤芳正

 

あらすじ

日本にもし陪審員制度が合ったなら…そんな仮の設定で繰り広げられる密室劇。年齢も性別も、職業も性格・思想も違う一般市民の12人が陪審員となり、復縁を迫る元夫を突き飛ばしてトラックにハネさせ死なせてしまった被告(若い子持ちの女)の有罪・無罪を審議する。最初の決にて全員無罪。これで審議はすぐに終わると思われたが…

 

レビュー目次

 

もともとは舞台のための脚本

もともとは三谷幸喜氏が東京サンシャインボーイズのために書いた舞台用の脚本である。初演が1990年で、その翌年にこちらの映画版が公開されている。

見ればわかるが、作品の舞台はずっと審議している部屋の中だ。登場人物も陪審員に選ばれた12人と、その他には守衛とピザの配達員の計14名しか出てこない。被害者や被告の女性も出てこない。もちろんエキストラもいない。

その部屋の中で12人が、無罪だ、有罪だと2時間近く話し合っているだけの物語だ。

この作りが実に舞台っぽい。

そして、話し合っている「だけ」だが、その「だけ」だからこそ面白い。

 

あらすじで記したように、最初の多数決で全員「無罪」となった時点で、この審議も、彼ら12人の陪審員としての仕事も終わりであるはずだった。なのに、一人が意見を変えて「有罪」にしたことから審議が続行し、意見に納得したり、人に流されたりで「有罪」とする陪審員が増えていく。

しかも審議が必ずしも論理的な思考によってのみ進むのではなく、陪審員たちのそれまでの人生観だったり、人情だったりが力学のように働いていく。

そして、それらのやり取りの中で陪審員に選ばれた12人の職業だったり、性格だったりといったパーソナリティも浮き彫りになっていく。

「だけ」でありながら、きちんと見世物として成り立っているのである。登場人物にも感情移入させてくるのである。

 

庶民は勝手

それにしても、一般庶民というのは実に脳天気だ。

自分が陪審員に選ばれているにも関わらず、その責任の重みをちっとも感じていない。

自分たちが出した結論一つで、被告の人生も、被害者の家族も、救われたり傷ついたりするものであるのに、考えていることと言えば基本的に自分たちのことばかりなのだ。

自分のことしか考えていないから、さっさと終わらせて帰りたいし、自分のことしか考えていないから審議も無駄に続行させようとする。

この身勝手さが、しかも12人いれば12人12色の身勝手さが、いかにも一般庶民らしくて、愛すべき愉快な庶民感覚であると、私のこの猫の目には映る。

考えてみても、法律のことなど何も知らない一般庶民がいきなり陪審員に選ばれたとしても、その罪の重みや、有罪や無罪であるかを決めることなんてできるわけがない。

それこそ検事や弁護士、裁判官という法律のプロフェッショナルがいるのだから、その人に任せれば良いと思うところだろう。

それらのプロは高い報酬を得ているのだから、庶民に頼らずその高い報酬分の仕事をちゃんとして欲しいと思うところではないだろうか。

実際、作中の審議もグダグダだ。

追い込まれて鼻血を出す人もいれば、口論からふてくされて参加しなくなるものもいる。ふてくされた理由も、被害者への嫉妬だったりする。

無罪を有罪に変えた人が何人もいるが、それらの理由も同じようなもので、およそ論理的といえるものではないものばかりだ。

それでも制度上、審議をするしかなく、審議を続けていく内に、言っていることが次第とロジカルになっていくから、これもまた庶民の底力の面白いところでもある。

 

庶民でも議論すればいつかは答えにたどり着く

庶民は確かに身勝手で、一人ひとりの知識や力も小さいかもしれない。

だが、それら庶民がこうして集まって、物事について話し合っていけば、そのうち皆が正しいと思える結論に到達できるものである。

この作品はそう教えてくれる。

それはまた法廷の話にとどまらず、世の中の様々な事象、たとえば会社内の新しい案件であったりだとか、トラブルだとかにも当てはまるのではないだろうか。

個人主義がもてはやされる時代ではあるが、改めて誰かと話し合ってこそ生まれる力、また集団の力を考え直させるきっかけになる作品でもあろう。

個人の力でどうにもならないことに直面したら、まずはこの映画を観、その上で改めて仲間や関係者ととことん議論することを、不肖猫の私はオススメしたい。