映画ソムリエを目指す猫

〇〇なときに観たい映画をレビューしており候。

『ぼくらの七日間戦争』 学校でも社会でも世の中理不尽だなと思った時に観たい映画

ぼくらの七日間戦争

公開:1988年8月13日(日本)

上映時間:94分

監督:菅原比呂志

脚本:前田順之介、菅原比呂志

製作:角川春樹

撮影:角川春樹

編集:板垣恵一

音楽:小室哲哉

原作:宗田理ぼくらの七日間戦争』(角川書店

出演:宮沢りえ、工藤正貴、菊池健一郎、金田龍之介笹野高史大地康雄賀来千香子佐野史郎倉田保昭、鍋島利匡、田中基、大沢健、金浜政武、石川英明、中野愼、五十嵐美穂、安孫子里香、他

 

あらすじ

校則に厳しく体罰も辞さない青葉中学校の1年A組の男子8人は、ある日、行き過ぎた管理主義に反対するため廃墟となった工場(倉庫)を根城に学校のボイコットを実行。自分たちだけの生活を送りつつ、連れ戻しに来た教師や親たちと抗争を演じることに…

 

レビュー目次

  

体罰が普通にあった80年代の中学校

今の時代だったらすぐにネット上でニュースになって、炎上して学校側が謝罪してテレビのコメンテーターがああだこうだ言っていそうな学校内体罰であるが、「なめ猫」時代の80年代ではよくある光景だった。

クラスの誰か一人がフザケたことをすれば、クラス全員正座させられて説教なんてあたりまえ。

学校に関係のないものは即没収。

竹刀でバシバシ尻や頭を叩かれて、歯向かって先生がキレたときにはビンタも飛んでくるし、絞め技のように押さえつけられもする。

校則も厳しく、スカートの長さや髪の長さにもチェックが入って、遅刻も秒単位で取り締まっていた。

本作ではそんな懐かしい景色が冒頭より続くのだ。

これぞ時代、今となっては懐かしく思う人(現在は大人)も少なくないだろう。

 

管理主義へのアレルギー

ただ、学校は軍隊ではなく、生徒も軍人ではないので、その厳しさの意義が生徒には全然伝わっていないことが多い。

生まれたときより戦後で個人の自由が叫ばれる中で育ってきた彼ら彼女ら若人には管理主義にどうしてもアレルギーを発症してしまう。

社会が許してくれる自由であるのに社会を牽引している大人が封じようとしていることに理不尽であると思うのは健全な思考であろう。

考えてみると、教師の中にはまだ若い先生もいるもので、それらもまた戦争を知らず、生まれたときから自由の中で育って、時には学生運動にも参加していたかもしれない人たちであるのに、ひとたび大人となって責任ある社会人の一人として組み込まれると、急に秩序を重んじて、それを乱すものを世の反逆者のように押さえ込もうとするのか、この猫の目には不思議なもので、滑稽に映る。

 

理不尽のスパイラル

おそらく大人には大人にしかわからない事情があるのだろう。

その大人の事情なるものを子どもたちに根気よく説明して理解してもらえば、このような大人と子供との抗争も起きないようなものである。

そしておそらく、教師たちからすればその大人の事情なるものを教える手段の一つが校則なのであって、従わせることが社会学習であると本気で信じているのであろう。

自分たちもまた同じ道を辿ってきて、こうして大人をしているのだと言わんばかりに、同じ轍を踏ませるわけだ。

それが正しい解決方法であるのか、矛盾があるのかも精査することもなく、つまりほとんど思考停止のように管理主義を生徒たちに強いていくのである。

そうして次の世代でも、管理主義に負けた子どもたちが大人となり、またその子供に管理主義を押し付けて、自分たちがしたような反抗を自分の子より受けるのだろうかと考えると、なかなか人間社会も運命に抗えない窮屈なもののように感じてしまう。

 

子供と大人で見え方が違う映画?

本作はそれら管理主義に対し、中学生の身分でとことん、それこそやりたい放題に抗ってみせる映画である。

 連れ戻しに来た先生たちに放水したり、落とし穴を作ってはめたり、檻で囲ったり、地下で見つけた戦車を直して乗り回したり、花火で狙撃したり、子供心にはどれも爽快なシーンばかりだ。

大人からすれば、「このクソガキども」と思うもので、少しでも生徒たちを追い込むことができたシーンになれば「当たり前だ、このバカタレ」と胸をスカっとさせることであろう。

こう考えると、この映画は子供と大人とでは見え方が異なり、歓喜や感動するポイントも異なる作品でもある。

 

同じ感動の共有

ただ、子どもたちのやりたい放題を見せつけられながら、特にむかし若い頃にやんちゃをしていた大人からすると、次第と子どもたちのやることに自身の若気を思い出して懐かしみ、共感を覚えることも少なからずある。

大人という理性で、その懐かしさを抑えきろうとしながらも、どこかで抗う子どもたちが羨ましく思い、どこかで憧れてしまうのである。

本作後半、戦車が見つかったということで警察の機動隊まで出動する事態とると、「子供vs大人」というより「国民vs権力」のようにも見えてくるので、その頃には子どもたち側にすっかり共感してしまっているという大人の視聴者も少なくないだろう。

特に日頃権力に押さえつけられ、反逆の心を隠し続けている大人たちの中に多いかもしれない。

おかげで、最後の大団円のような花火の打ち上げのときには、気がつけば老若男女問わずにこの映画に対して同じ感動を共有することになる。

子供も大人も花火を一緒になって見上げ、爽快さを味わっているシーンがその象徴であろう。

そうなれば、大人と子供で見方が違うと思ったこの映画だが、実は世代関係なく社会の生きぐるしさや理不尽を問うている作品であったとも言えよう。

それはある意味で、先に記した人間社会の窮屈な運命、管理主義を押し付けるという人間社会の負のスパイラルに対し、そこから抜け出せないかと、この作品が一石を投じているとも解釈できる。

 

余談

まあもっとも、作中の子どもたちが「ただ倉庫跡から出ていくはいやだから一つ派手にやって終わりたい」といった類の旨を語っていたように、その爽快さは一時的なもので、モラトリアムのようなものであることは間違いない。

劇中の子どもたちですらそれを理解している。

そう理解して、再び日常に戻るのである。

彼ら彼女たちの反抗によってすぐに社会が変わることもなかろう。

それをも承知で、少しずつアクションを起こして、世の中を良い方向に向かわせたいのである。

手段は少々過激でも、その思考には共感できる。

 

最後に余談だが校長先生の「反乱です、国家の一大事ですぞ」等、その古びた言葉遣いにも、私は共感を覚えた。

そして最後には「潰せ!」「殺せ!」と暴言を吐きまくってしまっている昔気質(むかしかたぎ)の血の粗さにも笑ってしまった。

ああいう人からすると、この映画はひたすら歯がゆい映画であったであろう。

 

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