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映画ソムリエを目指す猫

〇〇なときに観たい映画をレビューしており候。

『陽はまた昇る』 何を信じて働けばよいのかわからなくなったときに観たい映画

『陽はまた昇る』

公開:2002年6月15日

上映時間:108分

監督:佐々部清

製作:高岩淡

脚本:西岡琢也佐々部清

撮影:木村大作

編集:大畑英亮

音楽:大島ミチル

出演:西田敏行渡辺謙緒形直人真野響子夏八木勲江守徹仲代達矢、他

 

あらすじ

1970年代半ば、業務用VTRを作る日本ビクターのVTR事業部に急遽、事業部長として人事異動を命令された高卒で技術屋しかしたことがない「加賀谷静男」。返品率50%の不採算部門、行けば左遷と同じであると言われているそのVTR事業部を立て直すため、20%の人員削減を要求する上の命令に抗いながら、5000億円市場とも言われる「家庭用VTR」の開発にこっそり着手していくのだった…

 

レビュー目次

 

実話による物語

この映画は、この日本に実在する家電メーカー「日本ビクター」が家庭用VTR「VHS」を開発した実話に基づく物語である。

生まれたときからDVDやブルーレイなんて光る円盤みたいなものが普及していた若い世代の者たちからすれば「VHSとはなんぞ?」と小首を捻ることになるかもしれないが、90年代くらいまで映像の記憶媒体といったらこの「VHS」であった。

いわゆる「ビデオテープ」の一規格だ。しかも圧倒的なシェアを誇った規格だ。

その開発に成功したのが日本ビクターであり、この映画はそれに取り組んだVTR事業部の事業部長とその工場で働く241名(途中で一人退社)の社員たちの苦労と情熱を伝えてくれている。

私のような家の中でのんびりと過ごす「情熱」なんて言葉とは無縁なような猫に、そのような映画のいったい何が語れるのかと訝(いぶか)しがる方もおられるかもしれないが、平穏にあくびばかりしている私のような猫だからこそ、却って情熱と言う感情に、またそれがもたらす物理的作用に興味を抱くものである。いや、正確に我が心情を分析してものを申せば、家の中で退屈している分、その情熱とやらにどこか憧れを抱いている節があるのである。

 

経営者からすれば社員はただの駒?

あらすじに記してあるように、もともとは左遷先のような、会社にすればお荷物事業部だったところだ。新しく事業部長に就任することになった「加賀谷」にしても要らない人員のクビを切りにいくために向かわされたようなものであった。

まあ、短絡的にこの人事を下した上の人間たちの心情を考察すると、経営者側からすれば社員なんてただのコマ歯車の1つとしか見ていないわけだ。

ところがこの新しい事業部長は事業部の社員全員を残そうと考える。人件費20%削減という上からの無茶苦茶な指令にも、5000億市場と言われる家庭用VTRの開発を行うことを逆に提案することで雇用を守ろうとするのだ。

その案は上にいったん却下されるが、部品を作る下請け会社の社長が乗り込んできたことや、その工場が火事で焼けた事を機会に、ますます誰も見捨てられない気持ちが強くなっていく。

そして人件費削減には従わず、こっそり数人を選抜して開発を始めてしまう。ちなみにこう「こっそり」と記したものの、我々猫で言うところの人間たちの食べ残しをこっそり頂戴するような「こっそり」とは具合が違う。同じ「こっそり」でも事業部の面々は必死である。

次長が「無茶です!」と言っても、「それでもやるんだよ!」との事業部長の切迫したものは猫の身の上にはなかなか降りかからない激情であった。

一方で、事業部長は技術者を営業に回して売上を上げることにも着手。

技術者が営業にまわるということは、技術者からすれば技術者失格の烙印を押されたようなものかもしれないが、技術者が直接お客様の声を聞くことは、それはそれでメリットになろう。

私のような猫でも、お客の声を拾えない、お客の心理を計れない商売なんてうまくいくわけがないことくらいはわかる。猫の気持ちを推し量らないで猫に気に入られたいなんて思う人間が間抜けであるのと同じだ。(無理にかまおうとする人間は猫からすれば五月蠅がられているということを補足しておく)

実際、作中でもそこから家庭用VTRの開発のヒントを得ている。ヒントというか、開発するにあたっての絶対条件を導き出している。

その条件というのが、映画をまるまる録画できる「2時間録画」であった。

先に家庭用VTRを世に出したソニーの「ベータマックス」は1時間録画しかできなかった。「2時間録画」が出来る家庭用VTRを開発出来ればソニーにも勝てると開発者たちは信じた訳だ。

 

結局は猫…いえ「人」

もっとも、信じさえすれば何でも上手くことがすすむというほど世の中は甘くはない。開発には時間がかかり、失敗も繰り返している。

それでも諦めないといつかは完成するもので、ついに「VHS(ホームビデオシステム)」も誕生した。

そして誕生するや「互換性」のために、また世界に広げるためにVHSを丸裸にして他のメーカーにもその技術を教えることを事業部長はすぐに提案する。そして開発者たちをも納得させてしまっている。常日頃、損得だけで動いている我々猫にすれば随分と驚かされた。

いやはや懐が深い。この猫の目からすれば膝の上で丸くなっていたい相手だ。

さらには事業部長、お役人が国民のために家庭用VTRの企画を統一しようとの動きがあり、家電メーカー各社がソニーのベータマックスを選択しようとすると、日本ビクターの当時の親会社である「松下電器」(今の「パナソニック」)の相談役、あの経営の神様こと「松下幸之助」のもとへ直談判しに行っている。

その直談判を提案したのが、家庭用VTRの開発なんて「無理です!」なんて言っていた次長なのだから、強い気持ち、いわゆる情熱というものの物理的作用を見た気がする。

情熱は人を動かすのである。

劇中の松下幸之助のセリフにもあるように「何事も人」なのだろう。

お客様も人なら開発者も人。それを支える社員や下請け先も人だ。

事業部長は「下請け」と呼ぶことを嫌い「協力会社」と呼ぶようにしていたのだが、こういった驕りを捨てた精神も、相手を「人」として見ているからこそであろう。

VHSは「」の力によって出来たものであり、人の力の可能性を教えてくれる。

最後、事業部の社員たちで描かれた「VHS」の人文字が、猫である私の涙腺をも刺激した…

我々猫族の中に同じような情熱を持って生きている同朋がどれくらいいるだろうか。「何事も猫ですな」と経営の神様に言われてみたいもので、人間たちが羨ましく思う。

先に述べた情熱への憧れも、これが所以であろう。

 

追記 

補足だが、現代の日本では新たな記憶媒体の台頭によってVHSのビデオデッキの製造が2016年に終了した。一つの時代が終ったのである。

だが、VHSが示した人の力と可能性は廃れることはないと猫である私も信じている。そしてその力と可能性は、あらゆるモノ、サービスに通ずるものであるとも信じている。

人と人とが見くびり合うようでは、その社会は上手くいくまい。それは猫に対しても同じであると思うので、世の中の潤滑のためにもどうか我々猫のことも見くびらずに大事にしていただきたいと願うところである。

 

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